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いのちの水を求めて 生きとし生けるものすべて水の現成【藤田紘一郎先生の水で健やかVOL.29】

いのちの水を求めて 生きとし生けるものすべて水の現成【藤田紘一郎先生の水で健やかVOL.29】

私はかつて三日三晩飲まず食わずの状態で海上を漂流したことがあります。インドネシアのアンポンという街からブル島へ、インドネシア軍が使っていた陸軍上陸用舟艇を借りて渡ろうとしたのですが、暴風雨にあって方向がわからなくなってしまいました。

アイスボックスにはビールやジュースがたくさん入っていましたが、水はありませんでした。しかし、そのとき欲しいものは「ただの水」だったのです。

人間が生きていくうえで、水は絶対に欠かせません。食べ物がなくても数日から数週間が生きられますが、数日水をきらしたら、脱水症状を起こして死んでしまいます。体内に含まれている水のうち、体重のたった10%が失われただけでも、人間のからだが危機的状態に陥り、20%を失うと死亡してしまいます。

船上での壮絶な体験を受けて

船

私が遭難した当時、インドネシアには現在のようにミネラルウォーターのペットボトルなどはなく、生水はとても安心して飲めるものではなかったのです。大部分が多量の大腸菌で汚染されていたため、カンに入ったビールやジュースが安全な飲み物でした。

しかし、遭難時にはビールやジュースはほとんど役に立たないことがわかりました。空腹状態の時のジュースはおいしかったのですが、ビールはダメでした。それでも水分補給のために飲みましたが、かえって「ただの水」がほしくなり、暴風雨で揺れる舟の中を、飲み水を求めてよろよろとさまよったのでした。

インドネシア人の同乗者も、自分たちが持ってきた水をすでに飲みつくしていました。私は気分が悪くなって何度も吐いてしまい、そうすると、余計「ただの水」がほしくなりました。人間はぎりぎりな状態に置かれると、欲しいものは水だけなのだという貴重な経験をしたのです。

食べ物は10日間以上まったくとらなくても皮下脂肪などを消費しながら生きていけますが、水を一滴も飲めないと、細胞外液の濃度が高くなり、浸透圧の関係で、水分が細胞から引き出され脱水症状となります。ちょうど塩をかけられたナメクジと同じ状態になってしまうのです。

人間の体からは1日約2・5Lの水が排せつされます。尿や大便として1・5L、吐く息から0・5L、皮膚から蒸発している水分が0・5Lです。

そのため、私たちは飲み水で1ℓ、食べ物に含まれている水分で1ℓ、体内でたんぱく質や炭水化物、脂肪などが燃えて出る水分0・5Lで補給しています。

こうしてバランスをとっていますが、健康のためには、水やお茶をもう少し飲んで、やや多めに水分を補給しておくのがいいようです。軽く汗をかくような運動をした場合には、1ℓの水が失われます。真夏に激しいスポーツをすれば、なんと10ℓの水分を流すこともあります。

このように、私のインドネシアでの遭難は大変危険なものでした。人間は何もしなくても1日に1・5Lの水分が失われます。体重の20%を失うと死亡しますから、当時、体重70㎏だった私は、14ℓを失うと、つまり9日間で生命が危うかったと言えます。

インドネシアの海上では非常に蒸し暑い状況が続いていたので、もう少し遭難が長引いていたら、私は水不足で命を失っていたかもしれません。

水は地球上すべての命そのもの

地球

私たちの体はほとんど水からできています。大人では体重の60%、新生児では実に80%が水だと言われています。命の本質は水と深く関わっているのです。

体内では、水は血液やリンパ液として循環しながら、栄養物や酸素を運搬したり、老廃物の排せつを行ったり、また体温や体内の浸透圧などを一定に保っています。水は体内をかけめぐり瞬時もとどまることなく働いています。たんぱく質や酸素などの生体高分子を運ぶばかりでなく、細胞間の乱れなどをチェックもしています。

生命という壮大なドラマで水は一人何役もの働きをしているのです。

私たちが水を体内に取り入れ、排せつするのと同じに、樹木も地中から水を吸い上げて、それを空中に放出しています。高さ50mほどの大きな樹木では、その量は普通1日当たり190ℓになると言われています。

木の幹に聴診器を当てると、ゴーッという音が聞こえます。この吸い上げる量は、人間の体積に換算すると、実は人間が1日に必要とする量とほぼ同じなのです。

胎児が母体の中で羊水に浮かんでいる状態から、私たち人間の一生が始まることは誰でもが知ることです。これは私たちの体の中に水があるというより、水がそのまま私たちの命だと認識した方が正しいと言えるでしょう。

道元禅師は『正法眼蔵』のなかで、水といのちの深いかかわりについてさまざまな探求をしています。

例えば、「山水経」の巻には、「人間の命の原点は『水』であることを忘れるな」とあり、「何事も水の身になって水を見てみよ。そして人間も水だと思ってみよ。そういう思考の訓練をしていると、人間の無情性が骨身にしみてくるようになる。その時、自己の生き方についての指針も得られるし、他人の生き方についての理解も得られるようになる」とあるそうです。

「一切衆生悉水現成(いっさいしゅじょうしっすいげんじょう)」=すべての存在は水そのものだ。ということなのでしょう。

今現在、私たちの命にとって大切な水が、汚染され続けています。世界中で水の汚染が問題になっており、特に日本は深刻です。かつて日本の水道水は、そのままで飲める、とてもおいしい水でした。しかし、最近では、日本の水道水をそのまま飲む気にはなれなくなっているのです。

飲み水だけではありません。雨水も汚染され、日本各地にかなり酸性度の高い雨が降っています。なぜ、こんな事態になってしまったのでしょうか。この点についても、道元禅師は750年前に指摘しています。

「人間の命は水であるが、心あるものは人間にとっての水という視点にばかりこだわっていてはならない。もっと大きな立場で大自然の摂理のなかにある水を学ばないとならない。大自然の摂理として存在する水を私たちはあまりにも人間中心に見てはいないだろうか」と記されているのです。

私たちは、そろそろ人間中心のものの見方を大きく変えなければなりません。生きとし生けるものは、すべて「水の現成だ」ということを忘れてはならないのです。

長らく、私の「水で健やか」を読んでいただき、有り難うございました。水の役割、水の大切さ、そして、水の偉大さが少しでも皆さまに伝わったことを願って、私の「水で健やか」を終わらせていただきます。本当にありがとうございました。

藤田 紘一郎

東京医科歯科大学名誉教授

著者紹介

藤田紘一郎

藤田紘一郎 (ふじたこういちろう)1939年、旧満州生まれ、東京医科歯科大学卒。東京大学医学部系大学院修了、医学博士。
金沢医科大学教授、長崎大学教授、東京医科歯科大学教授を経て、現在、東京医科歯科大学名誉教授。専門は寄生虫学、熱帯医学、感染免疫学。

1983年、寄生虫体内のアレルゲン発見で、小泉賞を授与。
2000年、ヒトATLウイルス伝染経路などの研究で日本文化振興会・社会文化功労賞、国際文化栄誉章を受賞。

主な近著に、『50歳からは炭水化物をやめなさい』(大和書房)『脳はバカ、腸はかしこい』(35館)、
『腸をダメにする習慣、鍛える習慣』『人の命は腸が9割』(ワニブックス【PLUS】新書)などがある。

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